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仙台地方裁判所 昭和62年(ワ)296号 判決

原告

山田悦郎

右訴訟代理人弁護士

青木正芳

右訴訟復代理人弁護士

小野寺照東

鹿又喜治

被告

日本国有鉄道承継人日本国有鉄道清算事業団

右代表者理事長

杉浦喬也

右訴訟代理人弁護士

秋山昭八

平井二郎

同指定代理人

中野誠也

安岡昌龍

吉田誠

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は原告に対し、昭和六一年三月一日以降毎月二〇日限り金一八万〇七〇〇円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  2につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二主張

一  請求原因

1  被告は、日本国有鉄道清算事業団法(昭和六一年法律第九〇号)に基づき、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)の各種承継法人に承継されない資産、債務等を処理するための業務等を行う目的で設立された法人であり、昭和六二年四月一日、国鉄の本件訴訟の当事者たる地位を承継した。

2  原告は昭和四七年一二月一日に、国鉄に雇用され、国鉄職員(以下単に「職員」ということもある。)たる地位を取得した。

3  原告は、昭和六一年二月当時国鉄の仙台鉄道管理局小牛田駅輸送係の職にあって、月額金一八万〇七〇〇円の賃金の支給を受けていた。

4  国鉄及びその承継人たる被告は、昭和六一年二月二三日以降原告が職員たる地位を失ったものとして取扱っている。

5  よって、原告は被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と、昭和六一年三月一日以降毎月二〇日限り金一八万〇七〇〇円の未払賃金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1ないし4の事実を全部認める。

三  抗弁

1  原告は、昭和六一年二月二三日実施された宮城県栗原郡瀬峰町議会議員の選挙に立候補の届出をし、同日瀬峰町選挙管理委員会から当選人決定の告知を受けた。

2  日本国有鉄道法(以下「国鉄法」という。同法は昭和六二年四月一日廃止された。)二六条二項、二〇条一号は、職員は国鉄総裁(以下単に「総裁」ということもある。)の承認を得たものでない限り、市(特別区を含む。以下同じ。)町村議会の議員を兼ねて職員であることができない旨規定しているところ、原告は、右記載の当選の告知の際総裁の承認を得たものでなかったから、法律上町議会議員を兼ねて職員であることができないものであった。公職選挙法(昭和五七年法律第八一号による改正後のもの。以下「公選法」という。)一〇三条一項は、「当選人で、法律の定めるところにより当該選挙にかかる議員または長と兼ねることができない職に在る者が、一〇一条二項(当選人決定の告知)又は一〇一条の二第二項(名簿届出政党等に係る当選人の数及び当選人の決定の告知)の規定により当選の告知を受けたときは、その告知を受けた日にその職を辞したものとみなす。」と規定しているから、原告は、右記載の当選の告知を受けた日に職員を辞したものとみなされることとなったものである。

四  抗弁に対する認否

原告が、昭和六一年二月二三日実施された瀬峰町議会議員の選挙に立候補の届出をし、瀬峰町選挙管理委員会から当選人決定の告知を受けたこと並びに国鉄法二六条二項、二〇条一号及び公選法一〇三条一項に被告主張の規定が置かれていることは認めるが、その余は争う。

五  原告の主張

公選法一〇三条一項は、兼職を禁止される議員等の範囲が法律上明確であって、兼職が無条件に禁止されている場合を前提とするものといわなければならない。

これに対して国鉄職員においては、前記のように市町村会議員に関する限り総裁の承認があれば、兼職禁止が解除されるのであり、また以下に述べる事情においては、当選の告知を受けた後であっても総裁の兼職の承認がなされれば、職を失わないことは明らかである。したがって、公選法一〇三条一項による失職の効果は、国鉄法二六条二項但書該当の事案においては、当選の告知を受けた職員からの兼職の申出に対する総裁の適法な不承認があって初めて生ずると解すべきである。

しかるに、本件兼職不承認が違法無効であることは以下の事実により明らかであるから、原告は国鉄職員としての職を失っておらず、被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にある。

(一)  労働基準法(以下「労基法」という。)七条は、「使用者は、労働者が労働時間中に選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては、拒んではならない。但し、権利の行使又は公の職務の執行に妨げがない限り、請求された時刻を変更することができる。」と定めている。同条は、主権在民主義、民主主義を宣言し、できる限り広く、かつ平等に国民の参政権を保障しようとする憲法の基本理念を体して設けられたものであって、労基法の諸規定の中でも労働憲章的な意義を有するといわれている。しかして、国又は地方公共団体の議会の議員の職に就くことが、右労基法七条の「公の職務の執行」に含まれることはいうまでもなく、また、労働者が公職に就いたことを理由に使用者が雇用関係を解消するのは、実質において公職の執行を拒否するに等しいので許されないところであり、例外的に当該公職の執行が使用者の業務に著しい支障を生ずる場合に限り同条に違反しないと解する余地があるにとどまる。

国鉄その他の公共企業体とその職員の関係は、私的労働契約関係とされ、労基法の適用のあることはいうまでもない。したがって、国鉄法二六条二項は労基法七条と調和的に解釈しなければならない。また、公共企業体の少なくとも一般の職員については、公務員のような政治的行為に対する厳格な制限はなく、したがって、これに基づき一般的に議員との兼職を禁止すべき根拠も格別存在しない。

(二)  国鉄法は、昭和二九年一二月の改正以前は、少なくとも町村議会議員との兼職は無条件に認めていたのであるが、右改正により、市議会議員についても兼職禁止を緩和する措置をとるのと引換えに、兼職の可否を総裁の承認にかからしめるという改正法二六条二項但書が付加されるに至った。右改正法案の審議経過等を見ても、総裁の承認という条件を付した理由は、国鉄業務の性質上、当該職員の地位ないし職務内容によっては議員兼職が業務に支障をきたす場合もありうるとの懸念に尽きるのであって、業務上支障のない場合には総裁は兼職を承認すべきであることが当然の前提とされていた。

(三)  国鉄職員であって市町村議会議員である者に関しては、国鉄自ら永きにわたり、国鉄法二六条二項の規定を「総裁が不承認としたときは職を失う。」との趣旨に解してその運用を行ってきた。昭和三九年一二月一〇日総秘達第三号「公職との兼職基準規程」(以下「兼職基準規程」という。)が、「現場長その他これに準ずる一人一職の職にある者又は業務遂行に著しい支障があると認め」た場合のみを不承認事由としていることからも明らかなように、国鉄当局も、国鉄法二六条二項は議員当選後に承認手続を行うことを定めたものと理解し、現実に右定めに従って当選の告知後に承認願を提出させて承認、不承認を決定して告知していたのである。

また、国鉄総裁室法務課有志を中心とする日本国有鉄道法研究会のまとめた「日本国有鉄道法解説」(以下「国鉄法解説」という。)には、「市区町村議員については当選の告知をもって、当然失職とはならず、総裁が兼職の申出を不承認としたためとか、あるいは、その他の理由で本人の退職の申出により、退職の発令をしてはじめて失職するものと解される」と記述されている。

このように、国鉄も従来から市町村議会の議員については当選告知があっても当然には失職せず、当選後になされる承認願に対して業務上の著しい支障等の理由により右願の拒否がなされて初めて失職すると解釈し、そのように実務を運用してきたのである。

(四)  以上述べた憲法の基本原則、労基法七条の規定並びに現行国鉄法二六条二項の立法趣旨及び従来の運用に鑑みれば、総裁は議員兼職の承認、不承認の決定に際しては、当該職員の地位や担当業務の実態、公職執行のために必要な時間等を具体的に検討した上、右兼職が業務の遂行上著しい支障があると認められる場合を除いては、これを承認しなければならないのであって、右のような具体的検討を全くなさずに一律機械的に兼職の承認を拒否し、あるいは業務上の支障が認められないか、もしくはその程度が重大ではなく労働関係の維持を困難ならしめるに至らない場合であるにもかかわらず不承認とすることは、明らかに違法といわなければならない。

(五)  そこで、原告に対する本件兼職不承認についてみると、第一に、「昭和五七年一一月一日以降、新たに改選により、公職の議席を得た者に対しては兼職の承認を行わない」との一般的方針(昭和五七年九月一三日総秘達六六六号「公職との兼職に係る取扱いについて」)に基づき、当該議員としての公務の執行が被告の職員としての業務遂行上支障をきたすと否とに一切かかわりなくされたものであるから、違法たるを免れない。

第二に、原告は、昭和五七年二月に瀬峰町議会議員選挙に立候補して当選し、国鉄法二六条二項但書による総裁の承認を受けて、昭和五七年三月一日より昭和六一年二月二八日まで既に過去四年間にわたり町議会議員の地位にあったものであるが、その間総裁は業務遂行に著しい支障があるとは認められないとして兼職の承認をしてきた。また、右兼職の承認は一年間の期限を限ってなされると共に、その間公務を理由とする欠勤が頻回にわたるなど業務支障があった場合には、所属長は勤務の改善を求めるものとし、改善の実があがらないときは承認期間を更新しない取扱いとされていたところ、原告はかつて右改善要求を受けたことも全くない。すなわち、原告の小牛田駅輸送係としての担当業務、勤務実態並びに瀬峰町議会議員としての公務に要する日数、時間等からして、過去において国鉄業務に格別の支障を生じたことはなく、また、今後ともその虞れは認められないのである。ちなみに、原告が瀬峰町町議会議員として議会活動に従事した日数は年間二〇日程度である。原告が、右の議会活動を行うにあたり、公職休ということで、賃金カットを受けて欠勤した日数は殆どない。これらの活動は、すべて公休、年休、代休、非番休、非番の日に行ったものである。

(六)  また、昭和六二年四月以降、原告の職場は東日本旅客鉄道株式会社に引継がれているが、同会社の就業規則においても第四章休職・第一節通則の第三一条には、会社は社員が公職に就任し、休職が適当と認めた場合(同条第五号)は公職休職として休職を命ずると定め、同三二条によれば、休職期間は、公職休職については在任期間で休職が適当と認めた期間とされ、復職についての定めをなした三四条によれば、公職休職については公職を退任したとき又は復職が適当であることを会社が認めた場合と定められている。

右定めに明らかなとおり、原告の遂行する勤務は、公職と兼職も考えられるものであり、場合によっては休職になるが、その必要がないときは、兼職勤務も考えられるものとされているのである。

このこともまた本件兼職不承認の違法性を明らかにしているものである。

六  原告の主張に対する認否及び被告の反論

公選法一〇三条一項、国鉄法二六条二項の文言をみれば、国鉄法は、国鉄の職員は国鉄総裁の承認を受けない限り当該選挙にかかる議員を兼ねることができないものとしていたのであるから、同法が右公選法一〇三条一項にいう法律の定めであることに疑問の余地はない。

すなわち、国鉄職員であって総裁の承認を得ていない者は、市町村議会議員選挙において当選の告知を受けたときは、右公選法の規定によりその時点で国鉄の議員であることを辞したものとみなされ、国鉄職員たる地位を失うのである。したがって、本訴で問題とされるべき点は、瀬峰町議会議員一般選挙において同町選挙管理委員会が昭和六一年二月二三日になした当選告知の時点で、原告が国鉄総裁から議員兼職の承認を得ていたか否かであるが、右承認のないことは当事者間で争いがない。

よって、原告は右公選法の規定により、当然、国鉄職員であることを辞したものとみなされ、既に職員たる地位を失っていることは明らかであり、被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認や賃金の支払を求める本訴請求はすべて失当である。

(一)  記載の事実のうち、労基法七条に原告主張の規定があること及び被告の職員に労基法の適用があることは認めるが、その主張は争う。

そもそも、国鉄法二六条二項は、労基法七条の規定の存在を前提としつつ、国鉄職員の地位や職務の特殊性を考慮し、特別法として市町村議会の議員との兼職を総裁の承認にかからせたのであるから、国鉄職員については、国鉄法が優先して適用されるのは当然であり、労基法との抵触問題の生ずることはない。しかも最高裁二小昭和三八年六月二一日判決を初めとして、判決例を見ると、労基法のみの適用される民間企業においても、市町村議会議員に就任することを直接又は間接の理由として、懲戒解雇とすることは許されないとするものの、通常解雇とすることは許されるとされているのである。

(二)記載の事実のうち、昭和二九年一二月の第二〇回国会における国鉄法の改正により、市町村議会の議員の兼職については、総裁の承認を必要とするという二六条二項但書のとおりの規定が設けられたことは認めるが、その主張は争う。

原告は、右改正は職務の遂行に著しく支障を及ぼす虞れのある場合を除き、総裁は承認をしなければならないことを当然の前提としたかのように主張するが、誤りである。右改正案の審議に際して議員兼職と職務に与える影響などが質疑されたことはあるものの断片的な論議にとどまり、総裁の承認に関する具体的基準についてまで審議されてはいないのである。右改正の趣旨は、国鉄職員について市議会議員との兼職を禁止していた従前の立法措置を改めることとしたものの、国鉄職員が無条件に市町村議会議員を兼職できるものとすることは国鉄の業務運営上妥当性を欠くこと等から、特に総裁の承認を得た者についてのみ兼職を認めることとし、その承認については総裁の裁量に委ねることとした点にある。

(三)記載の事実中、兼職基準規程に「現場長その他これに準ずる一人一職の職にある者又は業務遂行に著しい支障があると認められる者については、その承認をしてはならない」との規定が存することは認めるが、その余は否認ないし争う。

兼職基準規程は、兼職承認に関する国鉄内部の事務手続を定めたものに過ぎず、もとより公選法一〇三条一項及び国鉄法二六条二項の解釈を左右するものではない。国鉄における右規程の運用は、立候補した職員について事実上選挙前に承認するか否かについて意思決定がなされていて、立候補者も事前に承認されるか否かを了知していることを前提とし、右規程で定める当選後の承認願と承認は、後日これを手続上明確にしておくものにすぎない、すなわち、国鉄では事務処理の明確を期するため、兼職基準規程によって文書上承認の有無等をはっきり留める手続をとっていたが、職員の便宜を考え、承認を与えることが困難な場合には、事実上事前にこれを本人に伝え、立候補を取りやめるか、退職するかの道を選ばせていた。ただ、国鉄の経営が破綻に瀕する以前においては、兼職の承認を与えることが多かったため、立候補の予定を知ってもそのまま放置し、あるいは逆に管理者がこれを激励するなどして、事実上黙示の承認がなされていたのである。それだからこそ、当選告知を受けた後、不承認とするようなことはなかったのにすぎない。

(四)の主張は争う。改正国鉄法二六条二項の文言が示すように、国鉄総裁の右承認については、何らの制限的条項もなく、また、承認すべき場合等についての基準条項もなく全く同総裁の自由な裁量に委ねられているのであるから、当然、総裁は諸般の事情を考慮して承認をするか否かを決することができるのである。ところで、国鉄は、総裁が職員の兼職について承認する場合の取扱に関し、兼職基準規程をもって内部の事務手続を定めていたが、この取扱について、昭和五七年九月一三日総秘第六六六号「公職との兼職に係る取扱いについて(通達)」をもって、一般的方針を明らかにし、国鉄の置かれている厳しい現状に鑑み、今後当分の間の取扱として、昭和五七年一一月一日以降、新たに又は改選により、公職の議席を得た者に対しては兼職の承認は行わないこととした。

その間の経緯は次のとおりである。

国鉄の経営が行き詰り、遂に、分割民営化されて今日に至ったことは、国民周知の事実である。

そこに至るまでの間、国鉄の再建を図るべく各種の方策がとられたが、議員兼職の取扱もそのとるべき方策の一として指摘されていた。すなわち、臨時行政調査会は、昭和五七年七月三〇日行政改革に関する第三次答申(基本答申)中において公社制度の問題点に関し、これを解決するには、「第一に、外部的制約と関与から解放し、第二に、経営の自主責任体制を確立し、第三に、労働者の自覚を促し、第四に、労使双方を効率化と事業の新しい展開にまい進させ得る改革が必要である。」とし、また、国鉄についても、「公社制度そのものを抜本的に改め、責任ある経営、効率的経営を行い得る仕組みを早急に導入するとともに、労使双方が国鉄の現状を深く認識し、政府と国民の指示の下に、一体となって再建に当たらなければならない。しかし、それまでの間にも国鉄の破綻は、深刻の度を増す。」と指摘し、新形態移行までの緊急にとるべき措置として十一項目を挙げ、その一として「兼職議員については、今後、認めないこととする。」としていたのである。そして、政府は右臨時行政調査会の答申を受けて、昭和五七年九月二四日「日本国有鉄道の事業の再建を図るために当面緊急に講ずべき対策について」との閣議決定を行い、その対策の一つに「兼職議員の承認の見直し」を挙げ「兼職議員については、当面認めないこととする。」とした。

このような本件当時の国鉄の置かれていた極めて厳しい経営状況化にあっては、前記昭和五七年九月一三日総秘第六六六号による取扱の如く、今後当分の間、議員との兼職の承認は行わないとした国鉄の措置は適切かつ妥当なものであった。

(五)、(六)記載の事実のうち、被告が昭和五七年九月一三日付総秘第六六六号「公職との兼職に係る取扱いについて」の通達に基づき、原告に対し兼職を承認しないこととしたこと、原告はその主張する期間、瀬峰町議会議員の地位にあったこと、また、その間総裁は兼職の承認をしてきたこと及び右兼職の承認は一年間の期限を限ってなされたこと、兼職を承認しても兼職業務の改善要請をする場合があること、被告が原告に対し、改善を求めたことはないこと、議会の開催日数がほぼ年間二〇日程度であったこと、議会開催日には公職休もあるがその日数が少ないこと、公休、年休、代休、非番、非休等の日があること、東日本旅客鉄道株式会社の就業規則に主張の如き規定があることは認めるが、その余は争う。

第三証拠(略)

理由

請求原因事実は全部当事者間に争いがないので、直ちに抗弁について判断する。

一  抗弁事実のうち、原告が昭和六一年二月二三日実施された瀬峰町議会議員の選挙に立候補の届出をし、同日瀬峰町選挙管理委員会から当選人決定の告知を受けたことは当事者間に争いがない。

二  公選法一〇三条一項による失職の効果について

1  (証拠略)及び弁論の全趣旨を総合すれば、国鉄法二六条二項の制定経緯並びに同項に基づく兼職承認の取扱に関し、以下の各事実を認めることができる。

(一)  昭和二九年改正前の国鉄法二六条二項は、町村議会議員を除き地方公共団体の議会の議員は国鉄の職員であることができないとしていたが、昭和二八年七月二九日の第一六回国会参議院運輸委員会において、市議会議員についても国鉄職員との兼職を認めるべきである旨の改正案が議員から発議提出され、審議の中で市町村議会議員すべてにつき兼職を認める代わりに、総裁の承認をその条件とする旨の修正案が提出され、結局、昭和二九年に、同条二項本文で地方公共団体の議会の議員は職員であることができないとの規定を置きつつ、同項但書で「市(特別区を含む。)町村の議会の議員である者で総裁の承認を得たものについては、この限りでない。」との改正案が成立、施行されるに至った。

(二)  国鉄は、昭和三九年一二月一〇日総秘達第三号をもって、「公職との兼職基準規程」を定めた。同規程三条には、「職員が公職の候補者に立候補した場合は、すみやかに立候補届を所属長に提出しなければならない。」との、五条には、「市町村の議会の議員に当選した職員のうち、兼職を希望する者は、直ちに所属長に兼職の承認願を提出し、その承認を受けなければならない。」との、六条には、「前条に規定する承認願の提出を受けた所属長は、現場長その他これに準ずる一人一職の職にある者又は業務遂行に著しい支障があると認めたときは、その承認をしてはならない。」との各定めがある。

(三)  国鉄は、昭和五一年四月七日付事務連絡(総裁室秘書課長作成)を発し、公職との兼職の取扱については、兼職基準規程五条の手続に加えて、「今後当分の間、兼職の承認の可否についてその都度総裁室秘書課長と合議をしたうえで決定」することとした。さらに昭和五五年一二月一一日、総秘達第七三九号により、昭和五五年一二月一日以降、兼職の承認は原則として一年を限って行うこととし、その間公務を理由とする欠勤が頻回にわたるなど業務支障があった場合には、所属長は勤務の改善を求めるものとし、改善の実があがらないときは承認期間を更新しない取扱とした。

(四)  臨時行政調査会は昭和五七年七月三〇日「行政改革に関する第三次答申」を出した。同答申は国鉄に関する基本的考え方として、「国鉄は……昭和三九年度に欠損を生じて以来、その経営は悪化の一途をたどり、昭和五五年度にはついに一兆円を超える欠損となった。この間、国からの助成は年々増大し、国家財政の大きな負担となっている。今後とも欠損が増大していくことは確実視されており、今や国鉄の経営状況は危機的状況を通り越して破産状況にある。……国鉄の膨大な赤字はいずれ国民の負担となることから、国鉄経営の健全化を図ることは、今日、国家的急務である。……現在の国鉄にとって最も必要なことは、(1) 経営者が、経営責任を自覚し、それにふさわしい経営権限を確保し、企業意職に徹し、難局の打開に立ち向かうこと、(2) 職場規律を確立し、個々の職員が経営の現状を認職し、最大限の生産性を上げること、(3) 政治や地域住民の過大な要求等外部の介入を排除すること、である。これらのことは、単なる現行公社制度の手直しとか個別の合理化計画では実現できない。公社制度そのものを抜本的に改め、責任ある経営、効率的経営を行い得る仕組みを早急に導入するとともに、労使双方が国鉄の現状を深く認識し、政府と国民の支持の下に、一体となって再建に当たらなければならない。……新しい仕組みについての当調査会の結論は、現在の国鉄を分割しこれを民営化することである。……」との立場をとり、分割民営化による新形態移行までの間緊急にとるべき措置として一一項目を示し、その一項目として兼職議員については今後認めないこととすることを挙げた。

右答申の趣旨に沿って、昭和五七年九月二四日「日本国有鉄道の再建を図るために当面緊急に講ずべき対策について」と題する閣議決定がなされ、「国鉄経営の危機的状況に鑑み、臨時行政調査会の第三次答申の趣旨に沿って、当面、以下により緊急に講ずべき対策に取組むこととする。」として掲げられた一〇項目のうちの一つに「兼職議員については、当面認めないこととする。」ことが挙げられた。

(五)  国鉄は、このような経緯に鑑み、右閣議決定に先立つ昭和五七年九月一三日、総秘達第六六六号をもって「公職との兼職に係る取扱いについて」との通達を発し、昭和五七年一一月一日以降、新たに又は改選により、公職の議席を得た者に対しては兼職の承認は行わないこととした。

2  (証拠略)原告本人尋問の結果を総合すれば、原告の議員との兼職に関し、前記争いのない事実を中核とする以下の各事実を認めることができる。

(一)  原告は、過去昭和五七年二月に実施された瀬峰町議会議員選挙に立候補して当選し、国鉄法二六条二項但書が定める国鉄総裁の兼職承認を受けて、昭和五七年三月一日より昭和六一年二月二八日までの間瀬峰町議会議員を兼職してきた。

(二)  原告は、昭和六一年二月二三日に実施された瀬峰町議会議員の選挙に立候補しその旨届出たところ、国鉄は前記第六六六号通達に基づき、原告に対し仙台鉄道管理局長名による同年二月一八日付文書をもって、議員兼職の承認はできず原告が右選挙に当選した場合には職員の地位を失う旨通知した。

(三)  原告は、昭和六一年二月二三日瀬峰町選挙管理委員会から当選人決定の告知をうけた後、議員との承認願を仙台鉄道管理局長宛提出したが、国鉄当局は右承認願の受領を拒否し、公選法一〇三条一項の規定により同年二月二三日以降原告は職員たる地位を失ったものとして取扱っている。

3(一)  公選法一〇三条一項は、当選人で法律の定めるところにより当該選挙にかかる議員又は長と兼ねることができない職に在る者が当選の告知を受けたときはその告知を受けた日にその職を辞したものとみなす旨規定しているが、右規定は、各個の法律の規定により兼職を禁止される職にある者について、当選の告知を受けたときは、当該当選人の個別的な意思を問題とすることなく、兼ねることのできない他の職を辞したものとみなすことによって、選挙の結果を優先させることを目的としているものと解される。

他方、前記1で認定したとおり、昭和二九年に改正された国鉄法二六条二項は、本文で、国鉄職員は地方公共団体の議会の議員と兼職することができないとの原則を掲げ、但書において例外的に総裁の承認を得た者は、市町村議会の議員と兼職することができる旨定めている。

そして公選法一〇三条一項と国鉄法二六条二項との関係については、右法条の文言を字義に従って解釈するならば、後者は、前者にいう「法律の定めるところにより……議員……と兼ねることができない職に在る者」を定める法律の一つであるというべきである。

(二)(1)  原告は、公選法一〇三条一項による失職の効果は、国鉄法二六条二項但書該当の事案においては、当選の告知を受けた職員からの兼職の申出に対する総裁の適法な不承認があって初めて生ずると主張する。しかしながら、右各条項の文言に即して解釈すれば、国鉄総裁の承認がない限り議員との兼職は認められず、兼職承認がない以上「法律の定めるところにより……議員……と兼ねることができない職に在る者」に該当するというほかないのであるから、職員は市町村議会議員の当選の告知前に総裁の承認を得ていない限り、告知を受けた日に当然職を失うものと解すべきである。

(2)  原告は、労基法七条に基づく主張をするが、国鉄法二六条二項は、労基法七条の存在を当然の前提としながらも、全国にわたって国民全体の交通体系を総合策定し、運行するという国鉄の使命、目的、公共性の観点から、総裁の承認を得た者に限って兼職を認める旨法定したものである。したがって、国鉄法二六条二項は労基法七条と何ら矛盾抵触するものではなく、原告の主張は理由がない。

(3)  原告は、国鉄法二六条二項の改正趣旨は国鉄の業務遂行確保の点にあるとし、職員が市町村議会議員となった場合に、国鉄の業務遂行に著しい支障があると認められるときに初めて、総裁は当該職員に対して職員たる地位を失わせることができると主張する。しかしながら、前記1の認定事実及び前掲各証拠によれば、国鉄法二六条二項の改正は、国鉄職員について町村議会議員との兼職を許容しながら市議会議員との兼職を禁止していたそれまでの原則を改めることを目的としたものであり、ただ無条件に兼職を可能とすると国鉄の業務運営上相当でない結果を招来する可能性が考えられるため、総裁の承認を得た者に限って兼職を認めることとしたのである。

そして、兼職申出に対する承認について、国鉄法の上で、総裁の判断を羈束するような条項は存在しないので、当選人からの兼職申出に対し総裁がこれを承認するか否かは、その自由裁量に委ねられていると解すべきである。もとより、その判断に当たり、労働基準法その他の労働関係法規を尊重し、慎重に検討するのが望ましいことはいうまでもないが、そうだからといって原告主張のように、業務遂行に著しい支障のない限り承認すべきであるとの解釈は、公選法と国鉄法の各条文の解釈を逸脱したものといわざるをえない。

(4)  また、原告は、国鉄の従来の運用は、職員が当選の告知を受けた後に総裁に兼職承認願を提出するというものであった旨主張する。たしかに、前記1(二)認定のとおり、昭和三九年一二月一〇日に発せられた国鉄の内部通達である「公職との兼職基準規程」五条、六条は、当選後に兼職を承認する旨定めており、また(証拠略)によれば、国鉄総裁室法務課有志を中心とする日本国有鉄道法研究会による「日本国有鉄道法解説」には、「市(区)町村議会の議員については、当選の告知をもって、当然失職とはならず、総裁が兼職の申出を不承認としたためとか、あるいは、その他の理由で本人の退職の申出により、退職の発令をしてはじめて失職するものと解される。」との記述が存すること及び(人証略)によれば従前の国鉄における運用は、原告主張のような内容のものであったと考えられる。かかる運用からすると、国鉄自らが議員兼職につき公選法一〇三条一項の適用を予定していなかったのではないかと考える余地もないではないが、前記兼職基準規程三条、五条を、職員が市町村議会の議員に当選したときは総裁の承認がない限り職員の地位を有することはできないとしている国鉄法二六条二項と総体的に把握すれば、右兼職基準規程の取扱は、職員が市町村議会の議員に立候補したときは、所属長において当選の際に兼職の承認をなしうるや否やを事前に審査し、適宜の指導ないし承認の内示をなしうる体勢にしておいて、職員が当選後兼職を認められないこととなる場合に生じるであろう困惑や混乱を未然に防止するとともに、当選者に対しては兼職を認めるのを相当とする場合にのみ事後的に承認を与えることとしたものであると解釈すべきである。右に判示した実際における運用の実状は、従前、当選者の兼職を不承認とする例が殆んどなかったため、事前の措置を講じなくても何ら混乱が生じる虞れがなかったことによるものにすぎないというべきである。

このように、国鉄の従前の運用を調査してみても、公選法一〇三条一項、国鉄法二六条二項についての当裁判所の前示の解釈が左右されるものではない。

(5)  原告は、業務の遂行にどのような支障があるかを全く考慮することなく、一律機械的に兼職の承認を拒否した国鉄の措置は違法であるとし、本件兼職不承認は無効であると主張する。

しかしながら、先に判示したとおり、当選人からの兼職申出に対して、総裁がこれを承認するか否かはその自由裁量に委ねられているのであり、そして、右の判断に当たっては、国鉄の経営状態、社会情勢等をも広く斟酌することも許されると解すべきである。

このように、総裁は兼職承認に関する判断において諸般の事情を総合考慮して決することができるのであるが、先に判示したとおり当時国鉄の置かれていた厳しい経営状況及び国鉄に対する厳しい批判の中で、国鉄が再生を図るために兼職の一律禁止を含めた緊急措置を採ったことには合理性があるというべきである。したがって、右不承認措置に違法無効の廉はない。

また、仮に違法無効であるとしても、そのことから直ちに承認の効果が生ずるものでもないから、結局、当選の告知を受けたことにより国鉄職員を辞したものとみなされるという効果は、何ら否定されないと解すべきである。したがって、原告においてなお国鉄職員の地位にあることの確認を求め、賃金の支払を請求することはできないものといわなければならない。

なお、原告は、国鉄の業務を承継した東日本旅客鉄道株式会社の就業規則では、兼職が認められる制度が採用されているとして、国鉄職員も原則として兼職が認められるべきであると主張するが、東日本旅客鉄道株式会社は国有鉄道とは異なる民間企業となった会社であり、公社として特殊の立場にあった国鉄と同列に論じえないことは明らかであるから、同会社にそのような就業規則の定めのあることが以上の判断を左右するものではない。

三  以上のとおりであって、本件において、原告が瀬峰町選挙管理委員会から当選人決定の告知を受けた昭和六一年二月二三日までには原告が総裁から兼職の承認を受けた事実はないのであるから、右同日をもって原告が国鉄職員の地位を失ったとする被告の抗弁は理由があり、原告の請求はいずれも理由がないことに帰する。

よって、原告の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林啓二 裁判官 吉野孝義 裁判官 岩井隆義)

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